い   さ   け     や   し   き

 木製の流れ橋のなかではでは日本一長い、上津屋(こうづや)の「流れ橋」
近くに、江戸時代に建築された、天領方の庄屋だった伊佐家屋敷がある。

  



部屋
庭
特徴

表から見た伊佐家。
拝観の予約をせずに突然訪れた場合、
ここから中へは入れない。
必ず四季彩館で予約をしてから訪ねよう。

蔵手前、生垣の下が堀になっている。
いまは水はなく、空掘 りである。

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 伊佐家屋敷は、自宅を公開される、ということのため、個人の拝観には
公開日が限定され、「団体見学がある日時に合わせて見ていただいてい
る。 」 というのがもっかの処である。 何故かというと、「個人々々でお見
えの方は、各自がバラバラの行動をなされるため、応対できない。」かたが
なかにいらっしゃるためであるらしい。
 (ホント、マナーは守りたいですよネ。)
 このため、なるべくグループを作って見学しましよう。それでも わたしは
ひとり! という方は団体の見学時にあわせて申し込みをしましょう。


   まずは四季彩館で予約をしてから、ですネ。

伊佐家屋敷 拝観のご注意

伊佐家屋敷

正 面

屋敷入り口の竹垣

萱葺きの軒と前庭

 重厚な軒。 かべの色は伏見(京都)産の
壁土自身が帯びている赤みのため。

    萱葺きの屋根を支える竹。  
 しなりの良い真竹
(まだけ)を縄でなう。

長い長押(なげし)を支える飾り棟木

 土間を見上げると太い梁が・・・。  昔の家は、切り出してから
水中で数年寝かした木を使用する。  原木の形はほぼそのまま生かす。

おくどさん

 しっくいを塗り固めて丸みを
だしている。

上用(かみ よう)のかまど
 つまり、お客用に使った。

唐臼(からうす) ・・・  足で杵を漕ぐ

勝手もとのつるべ ・・・   もともとの水源は
井戸ではなく、木津川の水を流し込んでいた。
だから水溜めは釜底のように浅い。

中客用の移動式お風呂 ・・・   五右衛門風呂
のように見えるが、底は釜になっておらず、下から
火をくべる構造ではない。  中にお湯をそそぎ込
み、桶の内側に入れた筒に炭を入れ、保温をおこ
なった。 賓客用のお風呂もやはり可動式で、この
ほかに用意されていたらしい。

★   木津川の川底は、一時期川砂利の採取が行われた
ため昔より下がった。そのため、当屋敷の堀、勝手元、池な
どは水が流入しなくなった。

駕篭(かご)  
 

 駕篭は今でいう自家用車である。
ただし、これには人足が2人は絶対
必要で、常時雇用していなければな
らない。 伊佐家には、3基が用意
されていたとのこと。
 なお、4人で担ぐ大名籠が八幡市
清水井の正法寺大方丈にある。

 正客を迎える座敷 ・・・ 一番格のある部屋になる。
壁の色は自然色で、京都伏見の土である。 

 (写真と実色とは少し色の出かたに違いがある。)

奥座敷 ・・・  書院風の
しつらえになっている。

 天井にある槍置き ・・・   槍もちの侍が
多く宿泊したことが想像される。

奥の部屋が少し高くなっている。

 屋敷奥の庭園 ・・・   江戸期当初は池泉回遊式になっていた
ものと見受けられるが、いつの頃か部材の石が抜きとられたふしが
あり、一部崩れたままなのが惜しい。

 座敷前の庭  ・・・   灯篭の横に蘇鉄が植えられている。 この庭の中心に
植えられているのは、京の日本庭園には珍しい。 いまは南方の植物としてよく
知られているが、江戸期は大変めずらしく新しい植物で、きっとお上から下賜され
たものであろう。

茶室風の概観 ・・・    複雑な入母屋
造りで萱葺きの母屋は、何か懐かしさを
感じさせる。

 乾蔵への廊下 ・・・   屋根付きのこの渡り
廊下は、大切なものや道具を収納する蔵への
通路である。 それだけ当時この屋敷への客が
多かった証であろう。

 京都と大坂の中間地であり、石清水八幡宮にも近い天領(幕
府方)を治めた庄屋の伊佐家は、格好の中継宿泊地であった
ろうと思われる。 いまは干拓地や道路になっている京都側の
久御山町にはかつてとても大きな巨椋池(おぐらいけ)があり、
京都へは船の便がよかったようである。

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八幡市案内TOP

やわた流れ橋交流プラザ 四季彩館
〒614-8173八幡市上津屋里垣内56番地の1
 TEL (075) 983-0129 FAX (075) 983-0179

流れ橋 飛行神社 円福寺  正法寺  高良神社

Map

伊佐家は、薩摩藩とのゆかりがあるようで、
棚には家紋入りの
箱が多数残されて
いる。

篤姫