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正法寺除夜会(予定) 12月31日(水)午後11時30分〜 2009年度公開日は 決定次第掲載を予定 |
とっこうざん しょうぼうじ

か ら も ん
お寺の行事か徳川家の
来訪時のみ開かれ、普段
は堅く閉じられている。


と っ こ う ざ ん

徳迎山正法寺は今から約800年前、鎌倉時代の建久2年(1191)に、天台宗の寺として
開創されました。 鎌倉幕府御家人・高田蔵人忠国が、本寺を開いた、と寺蔵文書が伝えて
います。
室町時代後期に浄土宗に改宗。 後奈良天皇の帰依を受け、天文15年(1546年)に勅願
寺となりました。
桃山時代末期の文禄3年(1594年)、志水宗清の娘お亀(相応院)が、徳川家康の側室と
なり、慶長5年に後の尾張藩祖・義直を生み、母となった。 その後本寺は相応院の菩提寺と
して、江戸時代を通して尾張藩の厚い庇護を受けてきました。
現在の伽藍は相応院の寄進によるもので、寛永6年(1629)頃に建立されたものです。本堂
・唐門・大方丈(いづれも重要文化財)のほか、小方丈・書院・鐘楼(いづれも京都府指定文化
財)など、近世前期の建物を当時の規模そのままに保っています。
正法寺由来 解説
・・・正法寺栞 より

桃山時代末期、石清水八幡宮に参詣した
徳川家康は、当地志水宗清の娘、亀女を
見そめ、側室とした。 美貌と才媛で知られ
るお亀の方は、尾張藩祖となる徳川義直を
もうけ、家康からいたく寵愛を受けた。
家康の亡き後、お亀の方は落飾して相応
院と号し、没後当寺はその菩提寺となって
尾張徳川家の庇護を受けた。
徳川家康の九男。 御三家 の一つ、
尾張徳川家の基礎を築いた。
徳川家康の側室。
幼くして亡くなった八男・仙千代、
尾張徳川家の祖・徳川義直の生母。
三河岡崎城主・松平広忠の嫡子として生まれる。
伏見・大坂に城を構えた豊臣秀吉全盛の頃、石清
水八幡宮参詣の折、「亀女」を見初め側室とした。

京都盆地の端にあるこの
地で、重要文化財の建築・
文物を数多く有し、 いまも
その威厳をたたえている。




| 徳迎山 正法寺 | 住所:京都府八幡市八幡清水井73 | 地図 |
| 寺院電話番号 | 075-981-0012 |



本堂
唐門
織部 石灯篭と手水鉢
鐘楼
京都 ナカムラ化粧品店

大方丈より
本堂 全景
・・・正法寺栞 より
庭園から
し ょ う ぼ う じ